吉田知那美 (カーリング)は確執が原因で戦力外通告もあったが英語がペラペラってほんと?


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真っ白なユニフォームに身をつつみ、爽やかな笑顔が似合う吉田知那美(よしだちなみ)選手。

 

いつも笑顔がトレードマークで、チームを引き上げています。そして、吉田知那美(よしだちなみ)選手の妹さんも同じチームで活躍する吉田夕梨花選手です。

 

吉田知那美(よしだちなみ)選手は海外留学もしていて、英語がペラペラだと言う噂です。自分が選手生活を送る上で必要だと思ったのでしょうね〜。

 

そんな吉田知那美(よしだちなみ)選手の笑顔がとっても素敵な写真や隠れた才能を見てみたいと思います。

 

カーリングに関する記事はこちら

 

 

吉田知那美 (カーリング)選手のプロフィール

 



 名前      吉田知那美(よしだ ちなみ)
 生年月日    1991年7月26日(26歳)
 出身地     北海道常呂郡常呂町
 チーム     ロコ・ソラーレ
                        

引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/吉田知那美

 

 

吉田知那美 (カーリング)選手の経歴

 

 


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今から約26年前、カーリングの本場とも言える環境で生まれた吉田知那美選手。

 

 

カーリングとの出会いは、小学2年生の頃でした・・・

 

 

練習にのめり込み4年生に上がったときには大会に出場するまで成長していました。

 


そして思いがけない行動をとったのです!!

 

 


吉田知那美選手が中学に入学後、2歳年下の実妹吉田夕梨花選手、同級生の小野寺佳歩選手と共に『常呂中学ROBINS』を結成します!!

 


吉田知那美選手は、カーリングでも最後に投げる、スキップと呼ばれる司令塔の役を担っています。

 


そして2006年3月に番狂わせとも言える出来事を起こしました!!

 


日本カーリング選手権でトリノオリンピック日本代表であった『チーム青森』を予選リーグで負かし勝ち星を挙げたのです。

 


まさに中学生旋風!!大ニュースになりました。

 


中学生が社会人チームに勝つなんて衝撃です!!

 


網走南が丘高等学校へ進学後、中学旋風を巻き起こした仲間と『常呂中学ROBINS』から『常呂JJ』にチーム名を改めます。

 

このまま順調に事が進むと思われましたが、メンバーの進学先が異なり、思っていたように練習時間がとれずじまいでした。

 


高等学校卒業後、留学を決意。語学研修の為にカナダにに滞在し、その時のホームステイ先が日系カーリングコーチであるミキ・フジ・ロイ邸でした。

 


ここで吉田知那美選手のカーリング人生はまたも転機を迎えます・・・

 


改めてカーリングを学び直した吉田知那美選手は、日本に戻ると2014年ソチオリンピック日本代表の北海道銀行フォルティウスに加われるほどの力を身につけていました。

 


そして北海道銀行フォルティウスの一員として、22歳でソチ五輪出場!!

 

 

吉田知那美 (カーリング)選手は確執が原因で戦力外通告ってほんと?

 

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しかし、ソチ五輪に出場した後に待ち受けていたまさかの「戦力外通告」・・

 

当時22歳で大舞台に立った吉田知那美選手のは緊張していたせいか、いつものようなキレや力強さを失った試合展開でしたが途中から調子をもどして日本チームを史上最高タイの5位で入賞をしました。

 

貢献したにもかかわらずの「戦力外通告」、何が吉田知那美選手に起こったのでしょうか?

 

吉田知那美選手はその頃の気持ちをこう語っています。



 氷の上に立っている姿を見られることが恥ずかしいと思うくらい、カー
 リング選手としての自信が何も無くなってしまっていました。     
                                    

引用:https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201709110004-spnavi
 

 

吉田知那美選手にとって絶望とも言えるでき事。

 

吉田知那美選手は当時の心境を会見でこう語っています。

 

前のチームではカーリング界の大ベテランの先輩たちのもとで学ばせてもらって、ついていくのが正直必死な部分がありました。

 

それがソチオリンピックで、私の技術であったりメンタル面だったりの不足が結果に現れてしまい、チームを離れなさいという宣告になったと思っています。

 

 

技術面やメンタル面で、チームについてゆけなかったと・・・・・・。悲しい出来事でしたが、自分で反省したんですね〜。

 

 

そんな中、吉田知那美選手を救ったのは、現在チームメイトの本橋麻里選手で、当時は妊娠のための産休で現役から遠ざかっていた本橋麻里選手でした。

 

 

失意のどん底だった本吉田知那美選手は、本橋麻里選手の誘いではLS北見へ移籍することに。

 

 

五輪経験や世界で戦ったことのある吉田知那美選手のアドバンテージを魅力に感じ、熱心に勧誘し続けた結果、吉田知那美選手は再起を図ります。

 

その後のインタビューで吉田知那美選手は新しいチームでの自分の役割りや目的をみいだし、どのように自分を変えて行ったのかを語っています。

 

離れることになったのは、私自身のカーリングに対する取り組み方の甘えだったりが招いたこと。

自分の足で、自分の頭で考えてカーリングをしようという風に変わりました。

 

 

 

吉田知那美選手の一連の流れをみていて、北海道銀行フォルティウス時代にはコミュニケーションの悪さからチームの仲間との確執があったのではないかと推測できますね。

 

今のチーム、LS北見では「密なコミュニケーション」を心がけている事から、チームワークのスポーツである以上、コミュニケーションの悪さが確執となり、「戦力外通告」を受けたと言う、吉田知那美選手にとっては悲しいことでしたが、新たな自分のスタートとなる人生の転機だったのだと思います。

 

 

 


そして、ついに、吉田知那美選手と本橋麻里選手の二人だけでなく、LS北見のチームは2018年平昌五輪出場の切符を手にしたのです。

 

吉田知那美 (カーリング)選手は英語がペラペラって本当?

 

 


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経歴からもわかるように、高等学校卒業後、語学研修の為にカナダに留学、カーリングコーチの元でホームステイをしていた経験もふまえ、ある程度の英語のスピーキングはできています。

 

日本では放送されていませんが、海外のメディアの質問にもきちんと英語で応えていますね。

 

ちょっとやそっとの留学ではここまでにはならないので、ご自身で日本に居る間に努力した部分もありますが、カナダ留学の際に語学学校へ通って、英語がペラペラになるまで勉強したとも言えます。

 

 

英語でインタビューに応えている姿はこちらです。

 

 

3分58秒から吉田さんの英語のインタビューでが、本当に英語がペラペラですねぇ〜!

 

 

 

吉田知那美 (カーリング)選手の妹は?

 


ロコ・ソラーレで一緒にプレーする吉田夕梨花選手は実妹です!!姉妹そろって、とても可愛らしいですよねぇ〜!

 

 

 

 

吉田知那美 (カーリング)に彼氏はいるの?

 

吉田知那美選手の浮いた話は、残念ながら出回っていませんでした。

 

 

普段の姿もこんなにも奇麗なのにもったいない気もしますねぇ〜。雪。ホワイトスノーにとってもマッチしている吉田知那美選手。

 


あくまでプライベートはプライベートに徹する姿勢をご自身で守っているのかもしれません。いいことですね〜!

 

 

もしかしたら平昌五輪に向け、恋愛を禁止しているのかも・・・
情報があったら温かく見守りたいですね。

 

 

吉田知那美選手、心はもう2018年の平昌オリンピックだけでなく、コンチネンタルカカップ2018など、数々の海外遠征試合で戦うことに情熱を燃やしています。

 

そんな吉田知那美選手のプレーとカーリング日本チームに期待しましょう!!

 

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最後まで読んでいただき、ありがとうございました。