輪島大士(元横綱)の経歴と若い頃は?嫁と息子の画像やプロレスデビューの過去が凄い!


Sponsored Links



元横綱、輪島大士さんが亡くなられました。享年70歳。

 

 

死因は咽頭がんだったようです。

 

 


輪島大士さんは第54代横綱の輪島で、同じく横綱の北の海とともに輪湖(りんこ)時代と言われ、相撲界の黄金時代を築き上げました。

 

 

その後もプロレス界にデビューを飾ったりと、角界以外でもスポーツ界を盛り上げた華々しい歴史を創り上げたお一人です。

 


とても残念ですね!

 

 

そんな輪島大士さんについてご紹介したいと思います。

 

 

 

 

 

輪島大士さん(元横綱輪島)のプロフィール

 

 

 

 



四股名 輪島 大士


本名 輪島 博


愛称 蔵前の星、黄金の左、ワジー


生年月日 1948年1月11日


没年月日 2018年10月9日


享年   70歳


出身 石川県七尾市


身長 185cm


体重 132kg


BMI 38.57


血液型  A型


所属部屋 花籠部屋


得意技 左四つ、寄り、下手投げ


引用:Wikipedia



 



Sponsored Links



 

 

輪島大士さん(元横綱輪島)の経歴

 

 

 

輪島大士(わじま・ひろし)さんの出身は、石川県七尾市で生まれました。

 

 

大学は日本大学に進み、大学時代には3年生と4年生で連続優勝を飾り、学生横綱として活躍していました。

 

 

 

引用:http://hotword-coolword.com/sumou/wajimahirosi-wakaikoro/

 

 

輪島さんの凄さは、大学生で横綱の地位を獲得したということですが、この事実は日本の相撲協会の歴史の中でも輪島さんだけなんですねぇ~。

 

 

 

今現在もその記録は塗り替えられていないんです。

 

 

その後、日本大学卒業後、大相撲の花籠部屋に入門。1970年に初場所、デビュー戦を飾ります。

 

 

その当時は幕下付け出しからでしたが、2場所連続の幕下全勝優勝で合っという間に十両へ昇格。

 


1973年名古屋場所で横綱に昇進、僅か3年半で横綱となるスピード出世で話題となりました!

 

 

この時代の輪島横綱の最大のライバルとされたのが、元日本相撲協会の前理事長の北の海親方、二人の名前をMIXして輪島の「輪」と北の湖の「湖」で輪湖時代(70年代)と呼ばれるようになりました。

 

 

横綱輪島のトレードマークは金色のまわし、そして、得意技はの左下手投げから「黄金の左」と呼ばれていました。

 

 

横綱輪島は1981年に角界を引退。

 


花籠(はなかご)部屋の親方の引退と同時に花籠部屋をそのまま引き継ぎ、その当時の親方のお嬢さんと結婚をしています。

 



Sponsored Links



 

輪島大士(元横綱輪島)の若い頃は?

 

 

 

ここで、元横綱輪島の頃の輪島大士さんを振り返ってみたいと思います。

 

 

 

 

輪島と北の湖の名勝負、輪湖時代の活況ぶりが良く分かりますねぇ~レジェンド試合と言っても過言ではありません。

 

引用:【Legend game】輪島 vs 北の湖【名勝負】

 

 

 

デーモン小暮さんと輪島さんのこゆーーい解説者の登場もあったようですよ!

 

 

そして、とんねるずの番組でも、お笑いを飛ばしている、優しい輪島さんです。

 

 

 

 

 

 



Sponsored Links



輪島大士(元横綱輪島)の嫁と息子の画像

 

 

輪島大士さん、最初の妻(嫁)は花籠部屋時代の親方の娘さんとの結婚でした。輪島五月(旧姓 中島五月)さんという名前の方が最初の奥様です。

 

 

 

その後、その嫁(妻)とは離婚し、その後再婚した妻(嫁)がいます。

 

 

 

その妻との出会いは、とんねるずの「生でいかせて」という番組の中だったそうです。

 

 

 

そもそも、とんねるずの石橋貴明さんは現役時代からの「輪島」ファン。

 

 

石橋貴明さんが熱い思いを伝え、バラエティ番組に出演にこぎつけたとのことで、それまでは、ネゴしてもなかなか出演を渋っていた輪島さんだったようです。

 

 

 

現在の奧さんとなった人は、とんねるずの『生ダラ』内で、お見合いをして結婚にいたったそうです。

 

 

 

そんな経緯から、二度目の結婚相手との間にできた1人息子さんがいますが、輪島大士さんが51歳の時に生まれています。

 

 


息子さんは、高校野球で活躍していたようで、天理高校時代の写真が残っていました。その後格闘技系には行っていないようです。

 

引用:https://baseballgate.jp/p/130028/

 

 

元横綱輪島の息子、天理・輪島は代打満塁弾浴びほろ苦いマウンド「自分の力不足」

投球する天理・輪島=甲子園球場(宮沢宗士郎撮影)

投球する天理・輪島=甲子園球場(宮沢宗士郎撮影)


第99回全国高校野球選手権大会第12日第2試合(天理13-9明豊、20日、甲子園)大相撲の元横綱輪島を父に持つ天理の輪島大地が10点リードの九回、甲子園初登板を果たした。


しかし、代打満塁本塁打を浴びるなど、1死も取れずに4失点で降板。ほろ苦いマウンドに「味方がリードして投げさせてもらったけれど、自分の力不足」と悔しさをにじませた。


咽頭がんの手術を受け、発声が困難な父からは手紙で励まされてきた。



好結果で恩返しできず「緊張に負けてしまいました」とがっくり。ただ、チームは27年ぶりの4強入りを決め「次に向けてしっかり調整したい」と気持ちを切り替えていた。



引用:2017.8.20 16:03 https://www.sanspo.com/baseball/news/20170820/hig17082016030023-n1.html



 

 

輪島大士さんの息子さんは、高校野球で活躍しましたが、高校卒業後は野球から遠のき、海外留学を目指しているとのことで、海外でコンピューターサイエンスを学ぶ計画をしていて、将来の夢はプログラマーやアプリの開発に携わる仕事をしたいとインタビューに答えていました!

 

 



Sponsored Links



 

輪島大士(元横綱)のプロレスデビューの過去が凄い!

 

 

輪島大士さんがプロレスデビューに至った理由には複数の理由があるのですが・・・・。

 

 

実の妹の料亭の経営が上手くゆかず借金を背負っていた。

 

 

 

そして、角界と言えば、やはり豪遊というイメージ、輪島さんの豪遊ぶりは有名でした。

 

 

 

そのために借金が増えてゆき、輪島大士さんも1985年12月に廃業に追い込まれます。

 

 

その後は、プロレスラーに転身、なかなかの闘いぶりでビックリです。

 

 

マスコミの間でも4コママンガになって、かなり話題となっていましたよ!

 

 

 

 

ご紹介します!

 

引用:天龍源一郎対輪島大士 ① 1987年11月7日全日本プロレス

 

なんと、ブッチャーvs輪島・・・・という凄い対決もありました!!

 

https://twitter.com/hekusyon1991/status/1049636379179737090

 

 

まとめ

 

相撲界に偉業の名を残し、伝説を作った輪島さん。

 

相撲を去りプロレスラーとしての活躍も目覚ましく、世間から大きな注目を集めました。

 

 

引退後はその人柄からバラエティなどに出演。50歳でお子さんができ、2017年の夏には息子さんが甲子園で大活躍をしました。

 

 

その時には輪島さんは咽頭がんの手術のために声を発することができなかったそうです。筆談で息子さんに「頑張れ」と熱いエールを送ったそうです。

 

 

そんな輪島さんの活躍と愛に感謝し、輪島さんのご冥福をお祈りいたします。

 

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!