雅子皇后の父親(小和田恒)の家系図と経歴が凄すぎる!豪華自宅や評判なども調査!


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今月から元号が平成から令和に変わり、新時代を迎えました。

 

 

 

民間から皇室に嫁いだ小和田雅子さんが今回、新皇后になりました。

 

 

 

新皇后となった雅子皇后の父親である、小和田恒(恆)(おわだ ひさし)さんの経歴と家系図とは?

 

 

 

外務省の超エリート官僚だった小和田恒(恆)さんの評判や自宅について調べてみました。

 

 

 

 

 

 

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小和田恒(恆)のプロフィール

 

 

関連画像

引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/小和田恆

 

 

名前: 小和田 恆 (おわだ ひさし)

生年月日 : 1932年9月18日(86歳)


出生地:  日本・新潟県


出身校:  東京大学、ケンブリッジ大学


前職:  国際司法裁判所判事


称号:  教養学士(東京大学・1955年)
法学士(ケンブリッジ大学・1956年)
名誉博士(法学)(敬和学園大学・2000年)
名誉博士(法学)(バーナラス・ヒンズー大学・2001年)
名誉博士(法学)(早稲田大学・2004年)
名誉博士(法学)(フローニンゲン大学・2009年)
名誉博士(法学)(ケンブリッジ大学・2015年)
名誉博士(法学)(広島大学・2016年)


配偶者:  江頭優美子

子供: 雅子、礼子(マドレーヌ)、節子(マリー)


https://ja.wikipedia.org/wiki/小和田恆



 



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小和田恒(恆)の経歴

 

 

 

小和田恒(恆)さんは1955年に東京大学教養学部教養学科を卒業し、外務省に入省します。

 

 

 

その後、小和田恒(恆)さんは、在ソ連日本国大使館一等書記官、国際連合日本政府代表部一等書記官、欧亜局大洋州課長、外務大臣秘書官事務取扱、国際連合局政治課長、条約局条約課長などを経て、1976年に総理大臣秘書官に就任。

 

 

 

そして、更に・・・・在米大使館公使、在ソ連大使館公使、条約局長、外務大臣官房長、OECD特命全権大使、外務審議官を経て、1991年に外務事務次官、1994年に国連大使などを歴任します。

 

 

そうそうたる経歴ですねぇ~。まさに外務省の中のエリート中のエリートです。

 

 

 

1993年には小和田恒(恆)さんは外務省を退官、1994年に国連全権大使となります。1998年には国連の特命全権大使を退任します。

 

 

 

その理由としては、当時の皇太子妃、雅子様の父親というお立場であるため、国際問題で微妙な位置であったためのようですね~!

 

 



以下wikipediaをご参考くださいーーーーー。

 

1994年(平成6年)、国連大使と国連日本政府常駐代表(特命全権大使)に就任する。

 

当時の日本は常任理事国入り(G4諸国)という難題を抱えており、皇太子妃の実父をそのような外交問題で傷つけてはいけない、と政府首脳・高官らからの異論があったが1998年10月まで務める。



https://ja.wikipedia.org/wiki/小和田恆

 

 



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2003年2月6日から2018年6月7日に国際司法裁判所判事を務め、更に任期中には、2009年2月6日から2012年2月5日まで第22代国際司法裁判所所長として就任していました。

 

 

本当にこんなに凄い方が日本にいらしたんですね~?

 

 

ICJでオランダ首相マルク・ルッテを案内する小和田(前列左、2011年)

引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/小和田恆

 

 

その他、各国から多くの勲章を授与されています。

 



勲章

ヨルダン:独立勲章 - JOR Order of Independence KN.svg (1990年)

フランス:レジオンドヌール勲章 - Legion Honneur Officier ribbon.svg (1992年)

ドイツ:ドイツ連邦共和国功労勲章 - GER Bundesverdienstkreuz 1 BVM.svg (1994年)


https://ja.wikipedia.org/wiki/小和田恆


 

 

 

 

 

こちらのスピーチ、かなり堅いですねぇ~。海外で国際司法裁判所判事ともなると、世界中が発言を注目していますから・・・・事実上の引退の会見であっても、記者の注目度は高いので、このようにお堅い雰囲気なんでしょうねぇ~。

 



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小和田恒(恆)の家系図が凄い

 

 

 

 

外務省のエリート官僚として、外務省トップの事務次官まで務めた小和田恒(恆)さんですが、その家系図を見ると、東大卒がズラリと揃っています。

 

 

 

小和田恒(恆)さんは8人兄弟のうち男児は5人ですが、全員が東大卒で、大学教授や弁護士、官僚などを務めています。

 

 

 

そしてその子供の代も、東大に行っている人が何人もいます。

 

 

引用:週刊現代

 

 

優秀な人の遺伝子は遺伝するのでしょうか・・・。東大に行くのが当たり前のような家系というのは、一体どのような勉強をしているのか非常に興味がありますね。

 

 

当時の小和田家の様子が見てみたいものですねぇ~?

 

 

そして、小和田恒さんの奥様、裕美子さんは旧姓を江頭裕美子さんとおっしゃいます。やはり、日本の海軍中将として名門の一族なんですねぇ~。

 

 

 

 

 

「小和田家」の画像検索結果

 

 

 

もちろん長女である小和田雅子さんは、皇室に嫁ぎ、今回、皇后になりました。東大は中退していますが、米国の名門、ハーバード大学の卒業です。

 

 

 

こちらがハーバード時代の雅子さまのプロフィール、日本の住所が当時は広尾となっているようで、住所が掲載されてますね。

 

 

ハーバードカレッジのスカラシップ(奨学生)そしてジャパニーズ・カルチャラル・ソサイエティー(日本文化会)のプレジデントであり、国際関係の生徒会長と紹介されています。

 

 

 



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小和田恒(恆)の自宅は凄い豪邸

 

 

 

小和田恒(恆)さんの自宅は、目黒区南にあり、敷地120坪に建坪80坪の二世代住宅だそうです。

 

 

こちらは、雅子様が皇室へ嫁ぐ日の朝ですが、確かに、雅子さまの祖父母もご一緒にお見送りされています。

 

 

「小和田家」の画像検索結果

 

 

関連画像

 

雅子さまは3人姉妹の長女、父親の小和田恒さん、そして母親の優美子さん、雅子さまがまだ嫁ぐ前の家族団らんの写真ですね。

 

 

イメージ 1

 



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その外観は、まさに要塞!白コンクリートで作られた、要塞のような豪邸です。

 

 

 引用:https://www.youtube.com/

 

 

設計は、長崎ハウステンボスも手がけた有泉峡夫さんによるものだそうです。

 

 

 

こちら、雅子様と皇太子殿下が結婚する当時の映像ですが、ご自宅を出発されるところです。

 

 

 

 



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小和田恒(恆)さんの評判は?

 

 

 

小和田恒(恆)さんの評判についてネットで調べてみましたが、正確な情報はほとんどありませんでした。

 

 

 

なぜか嘘八百の捏造記事ばかりが出てきます・・・・・・。残念ですねぇ~。こんなに優秀な日本の外交官であり、法律の学者さんなのに・・・・・。

 

 

 

海外からの評価はかなり高く、勲章もいくつも授与されていますよねぇ~。本来ならもっと日本にとって栄誉な事だと思われますが・・・

 

 

お人柄が硬すぎるからなのか?

 

 

 

おそらく、娘である雅子さんが病気で皇室で問題を抱えているため、それに乗じて雅子さまを貶める目的で、こういう捏造記事をネットに垂れ流している可能性もありますねぇ~。

 

 

 

ネット社会の弊害とも言えますが、ほとんど正確な情報が出てこないため、小和田恒(恆)さんの情報についてはわかりませんでした。

 

 

 

 



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まとめ

 

 

今回新皇后になった雅子皇后の父親である、小和田恒(恆)さんについての記事でした。

 

 

娘である雅子皇后が精神の病気を抱えているために、親御さんとしても心配だと思います。

 

 

令和時代は良い時代になるといいのですが・・・。

 

 

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