徳仁親王(浩宮)の人柄や性格は?雅子さまとの馴れ初めやプロポーズの言葉は?


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今回は皇太子徳仁親王について紹介します。

 

 

 

 

5月に即位し、新天皇になる皇太子徳仁親王。

 

 

 

 

TVで顔は見たことがあっても、人柄や性格を知らない人も多いと思います。

 

 

 

 

今回は皇太子徳仁親王の人柄や、雅子さまとの馴れ初めなどについて触れていきたいと思います。

 

 

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皇太子徳仁親王のプロフィール

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続柄       今上天皇第一皇子

 

称号       浩宮(ひろのみや)

 

全名       徳仁

 

身位       皇太子・親王

 

敬称       殿下

 

出生       1960223日(59歳)

 

配偶者    親王妃雅子(小和田雅子)

 

子女       敬宮愛子内親王

 

父親       今上天皇

 

母親       皇后美智子

 

役職       日本赤十字社名誉副総裁 等

 

 引用:Wikipedia

 

 

 

皇太子徳仁親王は、今上天皇と皇后美智子さまの第一子として誕生されました。

 

 



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皇太子徳仁親王の経歴

 

 

 

 

https://twitter.com/Dan_dE_l_iOn/status/1099181088138653700

 

 

 

 

皇太子徳仁親王は1960223日に誕生され、229日に命名の儀において祖父・昭和天皇が浩宮徳仁(ひろのみや なるひと)と命名されました。

 

 

 

 

戦後初の皇族誕生、なおかつ従来通りの皇居宮殿内の御産殿で出産を行わないなど、誕生前から注目されていました。

 

 

 

 

皇后美智子さまは専任の養育係をおかず、皇太子徳仁親王子育てをされたことも皇族では異例のことでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

家族揃って微笑ましく会話や遊ばれている姿が放映され、「国民的家庭」として当時は話題になっていました!

 

 

 

 

学習院高等科時代には、御所におけるご進講の形で「歴代天皇の御事跡」や古事記、日本書紀、万葉集、平家物語から比較神話学、文化史、文化人類学、時事問題などを幅広く学ばれました。

 

 

 

 

「帝王学」の一環と考えられ、既に天皇になる心構えをされていたようです。

 

 

 

 

1982年に学習院大学文学部史学科を卒業。

 

 

 

 

アメリカに留学されながら、公務にも出席されていました。

 

 

 

 

1989年に祖父の昭和天皇が崩御された後は、皇位継承順位が1位となり、皇太子徳仁親王は皇太子に即位されました。

 

 

 

 

1993年に雅子さまとご結婚され、2001年に愛子さまが誕生され、父親にもなりました。

 

 

 

 

 

 

 



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皇太子徳仁親王の人柄や性格は?

 

 

 

 

皇太子徳仁親王は謙虚で誠実な性格だと、周囲の関係者は言っています。

 

 

 

 

あまり自身から発言はされず、「天皇として大人しすぎる」「何考えているのか分からない。大丈夫なのか?」という声もありますが、幼い頃から皇族の歴史を学ぶなど、皇族、そして天皇になるという自覚は強かったそうです。

 

 

 

 

最近は即位が近いのか、少し顔が引き締まっているように感じますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

皇太子徳仁親王は忙しい公務の合間に、趣味の登山やビオラ演奏、歴史研究にも熱心に取り組まれているとのこと。

 

 

 

 

笑いやユーモアも好きだそうです。

 

 



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皇太子徳仁親王と雅子さまとの馴れ初めやプロポーズの言葉は?

 

 

 

 

皇太子徳仁親王と雅子さまの出会いは1986年(昭和61年)1018日。

 

 

 

 

東宮御所で催されたスペイン国王フアン・カルロス1世の娘エレナ王女歓迎の茶会がきっかけでした。

 

 

 

 

425日には、高円宮憲仁親王邸で再会し、テニスなどを通じて仲を深めていきました。

 

 

 

 

その後、プロポーズされるも雅子さまの祖父の問題や仕事への熱心さから何と拒否!

 

 

 

 

他の親王妃候補との結婚も考えられていましたが、皇太子徳仁親王の雅子さまへの想いは強く、折れなかったそうです。

 

 

 

 

今上天皇と皇后の「皇太子が選んだ相手との話を進めてもらいたい」との助言もあり、1992年に再会。

 

 

 

 

1992103日に改めてプロポーズされ、結婚内定となりました!

 

 

 

 

プロポーズの言葉は、「私と結婚していただけますか」。

 

 

 

 

渋る雅子さまに皇太子徳仁親王は「外交官として仕事をするのも、皇族として仕事をするのも国を思う気持ちに変わりはないはず」と説得したそうです。

 

 

 

 

7年間も雅子さまを説得された皇太子徳仁親王の愛は、スゴイですね!

 

 

 

 

 

 

 

 

平成初のロイヤルウエディングということで、日本中が湧きました。

 

 

 

 

とても綺麗ですね~!

 

 



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まとめ

 

 

 

 

今回は皇太子徳仁親王について調べてみました。

 

 

 

 

雅子さまへの一途な思いからも、まっすぐで誠実な性格がみえますね。

 

 

 

 

新天皇の動向に注目です!

 

 

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