樹木希林の死因は?ガンの状況と全身癌の治療方は?昔の画像や娘の内田也哉子を調べた!


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樹木希林さんが、突然お亡くなりになりました。葬儀は30日午前10時、東京都港区南麻布4の11の25の光林寺で執り行われるそうです。

 

 

樹木希林(きききりん)さんは、本名・内田啓子(うちだけいこ)さん、75歳でした。

 

 

家族に見守られて、自宅で安らかに永眠されたそうです。

 

 

個性派俳優として知られる樹木希林(きききりん)さんは今年、2016年のカンヌ国際映画祭パルムドール受賞の「万引き家族」や「モリのいる場所」など、全身ガンでありながら、積極的な芸能活動を続けて世界でも認められる存在価値の高い女優さんでした。

 

 

引用:https://umikarahajimaru.at.webry.info/201805/img1_10.152625335348827752179.html

 

本当に残念でならないですね!

 

 

 

そんな樹木希林さんの本当の死因や全身ガンと自身が語っていた、ガンの状況、そして、樹木希林さんが受けていた全身癌の治療方はなどを調べてみました。

 

 

さらに、樹木希林さんの懐かしい昔の画像や娘さんの内田也哉子についてもお知らせしたいと思います!

 

その他の樹木希林さんに関する記事はこちらから

 

 

 

樹木希林さんのプロフィール

 


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名前:  樹木希林 (きききりん)


誕生日: 1943年1月15日(72歳)


星座:  やぎ座


出身地: 東京都


性別:  女


血液型: A型


 

樹木希林さん、内田裕也さんはなんと結婚45年でありながら、別居生活、43年。結婚して2年目に別居生活に突入。二人は“独特の夫婦関係”としても、業界では良く知られていました。

 

 

内田祐也さんのプロフィール

 

 

引用:https://www.daily.co.jp/gossip/2016/10/13/0009577661.shtml?ph=1

 

 



名前:  内田裕也 (うちだゆうや)


誕生日: 1939年11月17日(75歳)


星座:  さそり座


出身地: 兵庫県西宮市


性別:  男


血液型: B型



 

 

 

樹木希林さんの昔の画像や過去の作品は?

 



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樹木希林さんは過去にイケメンアイドルだった郷ひろみさんと沢山の歌番組に出演しています。少し紹介します。

 


引用:林檎殺人事件 (1978)

 

 


引用:『お化けのロック』郷ひろみ&樹木希林

 

 


引用:再会!きりんに緊張する郷ひろみ

 

ジュリー!!と叫ぶのが話題となった、沢田研二さんと樹木希林さん!!

引用:ジュリーと樹木希林さん

 

樹木希林さんの死因は?

 

 



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今回の樹木希林さんの死因については、公式な発表がなされていませんが、直接の原因についてはこれからの報道番組で発表されると思いますが、一部新聞には、最近2018年の8月13日に起こった怪我から病状が良くならなかったとの発表がありました。

 

 



今年8月13日に知人宅の外階段で転び、左大腿骨を骨折。娘の内田也哉子(42)に付き添われて病院に行き、同15日に足にチタンを入れる手術を受けた。


也哉子の夫で俳優の本木雅弘(52)は同30日に容体を説明。「一時は危篤状態の場面もありましたが、無事に危機を回避した」と話していた。


引用:https://www.hochi.co.jp/entertainment/20180916-OHT1T50170.html


 

 

樹木希林さんは2012年にがん体質であることを公表し、2013年2月の日本アカデミー賞で「全身がん」であることもインタビューで語っていました。

 

 


2004年に最初の癌に直面し、その時は乳がんでした。

 

 

翌年の2005年に右乳房を全摘手術しました。その後、癌との戦いが始まり、腸や副腎、脊椎などにも見つかり、癌の治療は約20か所にも及び、闘病しながら、役者生活を続けていました。

 

 

癌とは限らないようで、メディアでの発表は怪我をしてから様態が悪くなったようです。

 

 

樹木希林さんのガンの状況と全身癌の治療方は?

 

 



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樹木希林さんは2004年に最初の癌に直面し、その時は乳がんでした。

 

 

翌年の2005年に右乳房を全摘手術しました。

 

 

 

その後、癌との戦いが始まり、腸や副腎、脊椎などにも癌が見つかり、癌の治療は約20か所にも及びました。

 

 

 

実は、この10年は闘病しながら、役者生活を続けていたんですね~!

 

 

是枝裕和監督(56)が17日に樹木希林さんの2018年3月の段階での、病状についてコメントしています。



今年の3月に癌の骨への転移を知らされたのですが、言葉を失う僕たちスタッフを逆に気遣いながら本人はすぐに終活に入られたようでした。


ご一緒した映画祭や公開初日の舞台挨拶では、ご自身の中に残ったエネルギーと冷静に向き合い、コントロールされながら、それでも役者の仕事を全うされようとしているその姿勢に頭が下がりました。



身体が弱ってからもどこかその、初めての体験を面白がっているようなところがあり、凄みと軽やかさの同居した姿は、神々しくさえありました」と明かした。


https://www.hochi.co.jp/entertainment/20180917-OHT1T50045.html


 

もしかしたら、友人宅で転倒したのも、骨に転移した癌が進行してのことだったのかも知れませんね!

 

癌の治療については、樹木希林さんの場合、放射線の治療を行っていたようで、癌のスポットに放射線を当てて、癌を撃退、抗がん剤を使用しない方法を選んでいたようです。

 

 

以下、樹木希林さんの治療について書かれているサイトがあったので抜粋します。

 

 



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樹木希林さんは、その後、
2008年には、腸、副腎、脊椎に転移が見つかる。やがて全身癌と宣告される。

 

この時点において、樹木さんの取った行動が現在の、生活の質を低下させないで、仕事をしながら元気に生活できる状態を作り上げた原点となっていると想像する。

 

樹木さんは、抗癌剤治療、手術、などは一切受けないことにする。九州の病院USAオンコロジーセンターで四次元ピンポイント放射線治療を受ける。担当医の植松稔先生は「抗癌剤治療のウソ」という本を書いた人である。

 

真面目で化学的な見地から、抗癌剤のウソを説明している本で、専門用語やデーターを示した表が、ズラズラと出てくる面白くない本だ。


ただその内容から本人の癌と向き会う姿勢、医療業界の大勢に流されない自分なりの意見、良いと思う事のみを患者さんの側に立って、実行していく姿勢が読み取れる。



樹木さんは講演で、「1年半たったから久しぶりに九州へ行って、放射線治療を受けてこようと思っている。」と言っている。



この言動から、放射線といっても、頻繁に受けている訳ではなく、かなり年数を置いて受けているのではないかと思われる。


このことから推察するに、抗癌剤治療は絶対に受けない、女性ホルモンは少し飲んですぐ辞めている、放射線治療のみ、少ない回数で続けている。ここに樹木希林さんの生活の質を落とさずに元気で仕事もできる鍵がある。



http://102338-001.akibare.ne.jp/14988886416156

 

 

樹木希林さん「死ぬときぐらい好きにさせてよ」広告が話題に!

 

 



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樹木希林さんと言えば、19世紀のイギリスの画家、ミレーでお馴染みのジョン・エヴァレット・ミレイの最も人気で代表作とも言える「オフィーリア」をモチーフに、全国に展開されたお正月広告が大きな反響を呼んだことで話題でした。

 

 

 

オフィーリアに扮した樹木希林さんがグリーンのドレスにをまとったまま、水の中に横たわり「死ぬときぐらい好きにさせてよ」のコピー。その美しさとすがすがしいキャッチコピーに息を呑んで、この広告は数々の賞を受賞しました。

 

 

こちらが、ミレーのオリジナル「オフィーリア」

 

引用:http://counselingbox1960.seesaa.net/article/432521373.html

 

 

そして、こちらが樹木希林さん扮する「オフィーリア」

 

引用:https://www.oricon.co.jp/news/2064601/photo/1/

 

手のポーズのとり方から、天に向って微笑む姿、実物のミレーの「オフィーリア」よりも美しく、そこはかとなく平和な感じがステキですよね?

 

 

当時の樹木希林さんはご自身の死生観をこう語っていました!

 

 



「生きるのも日常、死んでいくのも日常」

死は特別なものとして捉えられているが、死というのは悪いことではない。

そういったことを伝えていくのもひとつの役目なのかなと思いました。


https://www.huffingtonpost.jp/2018/09/16/kikikirin_a_23528585/


 

そこには、癌と戦いながら死と向き合う、役者ではなく1人の人間としての樹木希林さんご自身の本当の姿が映し出されていたんですね!

 

そう思うと胸がキュンとします!

 

 

そんな風に人生の後半を送ってきた樹木希林さんの発する言葉はなんとも奥深いものでした。そこで樹木希林さんの名言集をご紹介します。

 

樹木希林さん名言集

 

 



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「元々形あるものしか見てなかったけど、これで裏っかわにあるものを見ていくチャンスかな」(03年1月、左目失明を明かした会見で)

 「私は変人だから。こう言ったら怒られるかもしれないけど、Tシャツ着たときとか、なんか邪魔だと思ったから」(05年1月、乳がんで右乳房を全摘出したことについて)

 「こんなハンサムな息子が生まれるわけないので、そこらへんがちょっと…と思いました」(08年6月、映画「歩いても 歩いても」で阿部寛の母親を演じたことについて)

 「(被害を受けた)スチュワーデスの方には『ありがとう』と思います。(世間に)さらしてくれて。お仕置きのようになればありがたいです」(11年5月、夫の内田裕也が強要未遂などの容疑で逮捕されたことを受けて)

 「がんが見つかっても、決しておっかなびっくりしないの。出ればつぶせばいいじゃん」(12年10月、「全身がん」を告白した本紙インタビューで)

 「『これ頂いてメリットあるんですか?』と聞きました」(14年11月、秋の叙勲で旭日小綬章の受章が決まって)

 「(全身がんで)これが遺作、遺作と言ってたら本当に体調おかしくなっちゃった」(15年4月、映画「あん」の完成披露試写会で)

 「2人で向き合わないこと。うちは向き合うからすさまじいことになる」(18年4月、映画「モリのいる場所」の試写会で夫婦円満の秘けつを聞かれ)


https://www.hochi.co.jp/entertainment/20180917-OHT1T50019.html

 

 

樹木希林の娘、内田也哉子さんと本木雅弘さんの子供たち

 

 

 



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樹木希林さんと内田祐也さんの間には一人娘の内田也哉子さんがいます。

 

 

そして、内田也哉子さんは、海外の映画賞を取材する番組に出演した元ジャニーズ事務所所属のシブがき隊メンバーの1人、本木雅弘さんと出会います。

 

 

その番組中に、通訳として同行していたのが内田也哉子さん、二人は番組の取材を通してめぐり逢いました。しかも、二人が出会ったその当事、内田也哉子さんは、まだ16歳。

 

 

その翌年、本木内田也哉子さんが17歳の時に雅弘さんがプロポーズ!!

 

 

1997年には内田也哉子さんは、夫の本木雅弘さんとの間に長男の雅樂(うた)君、そして1999年に長女の伽羅(きゃら)ちゃんを出産、そして2010年に次男の玄兎(げんと)君、と3人のお子さんを次々に出産しました。

 

 

引用:https://zzzno.com/archives/2718

 

 

そして、こちらが、かなり最近の写真ですね!長男・長女さんが成長しています!

 

VOGUEで特集された内田也哉子さんと長女の伽羅(きゃら)ちゃんの映像です。

 

https://www.vogue.co.jp/feature/mikimoto/180427/mother_to_daughter#04

 

内田也哉子さんの学歴についてはハッキリとは公表されていませんが、夫の本木雅弘さんの海外番組の通訳として内田也哉子さんと知り合い結婚に至ったことは公表されていますので、幼少時代から国際的な学校や海外の学校で教育を受けていたようです。

 

内田也哉子さん、実は女優としても映画に出演していて、樹木希林さんとの共演作もあったようです。

 

 

 

 

 

 

樹木希林さんまとめ

 

 

樹木希林さんは、華やかな中にも癌と闘い、向き合い、自分が成長したことをサラッと会見などで伝えるところ、人間的に充実した人生を送って居たように思えます。

 

 

もし、自分に死が宣告されたなら、こんなにも穏やかな終活ができるものでしょうか?見習いたいものですね。

 

 

樹木希林さんのご冥福をお祈りいたします。

 

 

 

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最後まで呼んでいただき、ありがとうございました!