両角速監督(東海大学)の結婚した嫁と経歴は? 息子二人の駅伝と野球の実績が凄い!

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駅伝2強のうちの1校、就任7年目を迎える東海大学の両角速(もろずみ はやし)監督、『史上最速のタレント集団』と言われるチームを従え、他とは違うトレーニングをしてきたと言い切る両角速(もろずみ はやし)監督。

 

両角速(もろずみ はやし)監督は自分自身も東海大学の学生時代に4年連続して箱根駅伝を力走してきた経験者。独自の指導法でチームを鍛え上げています。

 

今回の箱根駅伝では、どの区間に誰を走らせても良いように、独特の強化をしてきたといい、「早く来い来い、箱根駅伝」と自信をみなぎらせています。

 

そんな両角速(もろずみ はやし)監督のプロフィールや両角速監督を支える奥様、そして、同じくアスリートの息子さん二人について、調べてみました!

 

 

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両角速(もろずみ はやし)監督のプロフィール

 

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引用: https://sports.yahoo.co.jp/column/photo/201712140003-spnavi_2017121400020

 

 

名前:      両角速 (もろずみ はやし)

生年月日: 1966年07月05日(51歳)

出身地:  長野県茅野市

大学: 東海大学体育学部競技スポーツ学科卒業

職業: 東海大学体育学部競技スポーツ学科

 

参考: https://ja.wikipedia.org/wiki/両角速

 

 

両角速(もろずみ はやし)監督の経歴

 


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長野県茅野市で育った両角速監督は、生まれ育った土地でわかるように、山の中でのびのびとした生活をしてきた人のようです。

 

小さいころから野山を駆け巡る姿が両角速監督にはぴったりのようで、少年時代はスポーツ好きの子供だったようで、夢は体育の先生になることでした。

 

両角速監督は高校から東海大学三校へ進み、陸上部へ入部、高校でインターハイへも出場。

 

その後、大学は東海大学へ進み、陸上をつづけます。大学時代には駅伝4連覇を果たします。

 

両角速監督、東海大学卒業後は実業団の産自動車、ダイエーなどで実績を積み、オリンピックを目指します。

 

しかし、両角速監督の、その夢は果たすことができなく、1995年に佐久長聖高校で教師の道へ進みます。

 

当時、両角速監督は28歳で、佐久長聖高校の駅伝部監督に就任します。

 

佐久長聖高校の駅伝部監督となった両角速監督は当初は部員の生徒は2人からのスタートでした。

 

両角速監督はそこから地道な努力をつづけ、部員をスカウトしながら、大会に出場すると言う積み重ねの中で、佐藤清治や上野裕一郎、佐藤悠基などの日本記録をだす名選手を生み出しました。

 

その後も全国高等学校総合体育大会の入賞者を排出し、佐久長聖高校は両角速監督によって、陸上の名門校と変化を遂げます。

 

2011年の4月に、母校である東海大学陸上競技部駅伝監督に就任をします。この時には、東海大学やOBから両角速監督しか、もういないと強い押しがあったようです。

 

就任後から東海大学の陸上の練習場にウッドチップのクロスカントリーのコースを自らつくるほどだったと伝えられています。

 

周りからの期待を背負いながら、両角監督もまたも努力を積み重ね、2016年には箱根駅伝で5位を記録し、2017年10月の出雲駅伝では10年ぶり4度目の優勝を果たします。

 

引用: 海大学 青山学院三連覇阻止 出雲駅伝 青山学院 原晋監督に「遊びじゃない」と 東海大学 両角 速監督 指導や性格は正反対?! 佐久長聖高校・東海大学両校に優勝をもたらす 指導者対決?! Bordeaux Psg

 

また、2018年の箱根駅伝では、今までと違う練習をしてきて、

前回大会は10位だったが、そこから大きく成長したと強調した。「選手には、どこの区間を走るか言っておりません。1つは戦略もあるが、高いレベルで平均化し、誰をどこに使っても遜色ない感じもしている。前回大会10位の時より経験、実力上がっております」

と2017年の暮れのインタビューで両角監督は答えています。

 

 

2017年の箱根駅伝では10位でしたが、2018年は出雲駅伝でも良い結果をだしたので、我々は狙っている!と宣言しているようなものですね!

 

 

両角速(もろずみ はやし)監督の結婚した嫁(妻)

 

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両角速監督は2017年現在、51歳、そして嫁、奥様の名前は貴子さんとおっしゃって、50歳です。

 

嫁で妻の貴子さんは、長野で育った方で、もともとスピードスケートで全国大会に出場する選手で、両角速監督と同様にアスリートでした。

 

両角速監督と貴子さんの間には二人の息子さんがいます。

 

アスリート同士の間に生まれたお子さん達は、ほとんどがアスリートとして小さいころから何かスポーツをしているケースが殆どですが、両角速監督のお子さん達も例にもれず・・・・と言う感じのようです。

 

両角速(もろずみ はやし)監督の息子、二人もアスリート

 

 

両角速監督のお子さんはお二人います。

 

長男、兄の両角駿さんは名前の通り、速く走ると言う意味から「駿」と言う願いから名前がつけられたのでは?と噂されていますが、やはり陸上競技のランナーで高校時代には全国トップクラスのランナーでした。

 

次男、弟の両角優(まさる)さんは、2014年の全国高校野球選手権で佐久長聖高校(長野)の投手として日刊スポーツなどの新聞にも取り上げられるほど、名投手でした。

 

 

父は東海大駅伝部監督の速氏。11年3月までは、佐久長聖で駅伝部監督を務め、多くの箱根駅伝ランナーを送り出したカリスマ指導者だ。箱根優勝へ、一年中情熱を傾ける父は偉大な存在。兄駿さん(21)も、高校時代全国トップ級のランナーだった。そんな環境ゆえ、小学生の時は帰宅すると父から「取りあえず走ってこい」と、1日3キロ走を課す声が飛んだ。「体力の基礎がつきました」。走力自慢のチームにおいても、長距離走では必ず1番。「連投しても疲れを感じない」という下地はそこでつくられた。

 陸上の道か、迷った時期もあった。佐久東中野球部3年の時には、助っ人で駅伝大会に出場。結果次第では転向も考えたが入賞もかなわず、陸上の道は諦めた。

 それでも父は「好きなことをやればいいんだ」と応援してくれた。大会前には「試合見にいくよ」とLINE(ライン)が届いた。家族全員に見守られる中、マウンドで輝いた。

 父と兄に加え、母貴子さん(47)もスピードスケートで全国大会を経験している。「晴れ舞台を見せられてよかった。自分だけ全国行ってなかったので」と、一家の仲間入りを果たし胸を張った。

両角優(もろずみ・まさる)1996年(平8)9月28日生まれ、長野県出身。小2から野球を始め、ポジションは主に投手。佐久東中では軟式野球部。最速139キロ。好きな言葉は「死ぬこと以外はかすり傷」。183センチ、80キロ。右投げ右打ち。家族は両親と兄。

日刊スポーツ新聞:[2014年8月15日7時25分 紙面から]

引用: https://www.nikkansports.com/baseball/highschool/news/p-bb-tp3-20140815-1350975.html

 

いかがだったでしょうか?

 

両角速監督は自分自身が長野で陸上競技を続けていただけに、我慢強さ、みたいなものを感じます。独自の哲学もお持ちで、「雪国だからってスタートラインを100m手前にしてくれるわけではない」「絶対に厳しい状況でも妥協はしない。そのことが自分を強くしてくれるはず」という、徹底した両角速スタイルとも言える指導法をもっています。

 

その中には、自分の信念や情熱を非常に感じる監督ですね。口だけでなく、自分自身も経験してきた事だからこそ、生徒も監督の指導にひたすらついてゆけるのだと感じます。

 

いままで、強敵だった青山学院に挑戦を挑む東海大学、駅伝が待ち通しのは両角速監督だけでなく、きっと日本中が待ち遠しいと思っている気がします。

 

 

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最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 




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