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ブックレビュー(感想)「大遺言:祖父・永六輔の今を生きる36の言葉」

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去年お亡くなりになった永六輔さん、そのお孫さんが書いた「大遺言 祖父・永六輔の今を生きる36の言葉」が今、巷で話題になっています。

 

永六輔さんは、「戦後の日本文化をリードした人」、「昭和を代表する偉人」、「今世紀の日本が生んだ稀有な人」と言われ続け、コメンテーターとしても、いつも歯に衣着せぬ、歯切れ良いメッセージをお茶の間に届けた人ですね。

 

その、永六輔さんのお孫さん、永拓実さんが書かれた話題の「大遺言 祖父・永六輔の今を生きる36の言葉」を読み終えたので、レビューを書いてみたいと思いました。

 

永拓実さんの記事はこちらです。

 

 

正直、最初は、「永六輔の名前を利用して本を売りたいだけかな?」と思っていました。

 

本を読み終えて何度も、「あとがき」や「はじめに」を読んでみて、「永拓実さんはきっと前に進みたいんだな」という気持ちへと変わりました。

永六輔さんの「大遺言 祖父・永六輔の今を生きる36の言葉」で紹介されている言葉をいくつか披露いたします。

 

「自分の欠点を自覚しろ。自覚したら直さなくていい。欠点をそのまま魅力にしろ」

                     出展: 「大遺言 祖父・永六輔の今を生きる36の言葉」

 

欠点を、“自分にしかできない事”と意識することで、マイナスとして捉える欠点に対して相反する前向きな考えが生まれる気がします。

 

自分だけの魅力なんだ!とそう受け止められるだけで、欠点という言葉のネガティブな意識がポジティブな意識へと変化します。
永六輔さんの言葉のマジック=”言葉の力”のように感じますね。

 

「無駄なことは何もない、無駄にする人はいる」

                      出展: 「大遺言 祖父・永六輔の今を生きる36の言葉」

 

 

人生を生きていく上で、不幸や苦労が突然に降りかかること、そして、每日の暮しの中で、一見、平凡で何の編綴のない日々は、何かに打ち込み明け暮れたと言うことは、それを上回る時間や没頭できる時間が合った事は、人生で貴重な体験と呼べるのかもしれません。

 

この時間と経験を自分の財産とするか、それとも、全く意味が無かったものとしてしまうのか、それをどう自分で消化してゆくか?その選択は自由であり、そして自分次第だと思えるのです。そんな意味に私には響いてきました。

 

 

 

 

 

「いじめた経験は何にも活きてこないだろうけど、いじめられた側はその経験をいくらでも活かすことができる」

                     出展: 「大遺言 祖父・永六輔の今を生きる36の言葉」

 

 

「人間関係」はどの人の人生において切っても切れないもの。そして、幾らでもそこから学び取れるものがあるはずだと言うことを永六輔さんはつたえたかったのでは?と思うのです。

 

人間関係において、いじめる側はただのストレス解消や欲求不満をぶつける自己満足にすぎず、いじめられた側は、それを冷静に見直すと「相手の考え」や「自分と相手の立場や関係」を考えてみたりと、その葛藤の中に居る自分は、自分自身の成長の時間でもあります。

 

しかし、もしすでに何も成長をもたらさないものなら、思い切って新しい環境に身を投じるのも、次への自分の大きな成長のような気がします。

 

 

「自分に絶望したことのない人間に、他人の痛みはわからない」

                    出展: 「大遺言 祖父・永六輔の今を生きる36の言葉」

 

人は自分の痛みを簡単に他人に語ることはできませんね。自分の心が傷んで、心の内で悲鳴を上げるような悲しみに身を打ちひしがれた時、そこから人への思いやりや愛情が生まれ気がします。

 

そういう体験をすると、同じように心を傷んでいる人の気持ちが理解できるようになり、今度は、悩みや苦しみを持っている人の話を聞いてあげることで、相手との信頼関係が生まれたり、自分が同じく苦しんでる立場の人を慰めることにより、反対に癒やされたりします。

 

そうやって、他人の痛みを自分のものとして捉えた時、人として成長してゆく気がします。人の痛みや苦しみを自分のことのように感じることは、すでに人生の中で同じ経験をしているからこそ、身をもって理解ができるのだと、そんな風に永六輔さんが伝えたかったように感じました。

 

今回、お孫さんである永拓実さんが、永六輔さんの残した言葉についてまとめた本を読んでみて、これは永拓実さんが永六輔さんの言葉を振り返り、消化することにより、「永六輔の孫」と言う枠組みの中から一歩あゆみだし、永拓実としてのアイデンティティを認識した記録でもあると思いました。

 

人生の悩みを抱えた時、また、人生の選択を迫られた時、はたまた、ゆったりとした時の流れの中で自分の人生を振り返って見たい時、この永六輔さんが残した言葉と自分の人生を照らし合わせて、永六輔さんが伝えたかった事を紐解いてみるのも楽しいひと時かと思います。大遺言を通して、自分に残された時が見えてくるのかもしれません。

 

永六輔さんも、人生を精一杯生きられた、そんなご自身から、何かに囚われず、どんな時にも行動を起こすことが、人生で小さな変化を生むと言うこと。何も恐れず立ち向かってみましょう!と言うメッセージでエールを送りたかったのかもしれません。

 

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最後まで読んでいただきありまございました。


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